煮るよ。

#煮るよ

マーマレード戦記

 ミカン属(Citrus)は三つの系統に分かれていて、ひとつはマンダリン(Citrus reticulata)系、もうひとつはシトロン(Citrus medica)系、三つめは欧米ではポメロ、日本ではブンタンまたはザボンと呼ばれる系統である(Citrus maxima)。

 これらの三種、マンダリン、シトロン、ブンタンは、数多くの柑橘品種の遺伝子解析により明らかになった原種であり、他は全てその交雑種と考えられている。

 マンダリンは、わかりやすく言ってしまえば温州みかんの仲間である。「マンダリンオレンジ」という名前を聞くことも多いが、この「オレンジ」という呼び方も大変紛らわしい。オレンジっぽいオレンジといえばバレンシアオレンジネーブルオレンジであるが、これらはマンダリン(温州みかん)とは異なるグループである。つまりマンダリンオレンジの「オレンジ」は日本語で雑に「みかん」というときの感覚としての「オレンジ」に近い。

 シトロンは、その名前からも原種っぽさを否応なしに感じてしまうが、それ自体を目にすることは少ない。ていうか見たことない。シトロンの変種にブッシュカン(仏手柑)があるが、こちらの方がその見た目のインパクトで有名かもしれない。シトロンは果皮が分厚く果肉や果汁は少ないという、なんとも原種らしい形質を持っており、食用としては皮を砂糖漬けにしたりするらしい。ラグビーボール型の形状と鮮やかな黄色からはレモンを想起するかもしれないが、ご名答、レモンはシトロンと後述するサワーオレンジの交雑で生まれたとされている。

 ブンタンザボン)は、それ自体の栽培は多くないが、土佐文旦や河内晩柑などの変異種が広く栽培・流通している。大玉で丸くてツルっとした皮の厚いやつは、だいたいこの仲間か、ブンタン系交雑種と思っていい。グレープフルーツはブンタンとマンダリンの自然交雑種だし、スウィーティやメロゴールドはブンタンとグレープフルーツを交配して作られた。ブンタン優秀すぎないか。

 ところで柑橘といえばオレンジを忘れる訳にいかないが、前述のとおりオレンジっぽいオレンジの代表格であるバレンシアオレンジネーブルオレンジは柑橘の原種ではない。これらは「スイートオレンジ」と総称され、遺伝的にはマンダリンとブンタンの交配種(グレープフルーツよりもマンダリン寄り)である。

 「スイートオレンジ」などと呼ぶからには「スイートでないオレンジ」があるのか、というと、あるんである。「サワーオレンジ」と呼ばれるその一群は、スイートオレンジと同じマンダリンとブンタンの交雑種である。ただ、果皮は厚く酸味が強いため生食に向かないという、全く性格の似ていない姉妹ではあるが。

 ここまで述べたのは、「ミカン属」についての分類である。ミカン属はムクロジ目ミカン科に含まれる属であるが、「柑橘類」と同義というわけでもない。一般的に柑橘類にはキンカンとカラタチも含むが、これらはそれぞれ別属で、キンカン属、カラタチ属を成す。なお、ミカン属の上位分類であるミカン科は、他にサンショウ属などを含む多様な分類群でもある。みかんと山椒に共通点を見出すのはなかなかに難しいが、どちらもアゲハの幼虫の食草になったりする。

 柑橘を分類するうえでもうひとつ留意しておきたいのが、「種名」「品種名」「ブランド名」の違いだ。例えば「ウンシュウミカン」は種名(学名はCitrus unshu)で「宮川早生」は品種名。「不知火」は交配により作られた品種であるが種としては記載されておらず、「デコポン」は不知火のうち糖度と酸度の基準をクリアしたものに与えられるブランド名。「河内晩柑」は種名として記載されているが、品種名としては生産地によって「宇和ゴールド」「ジューシーオレンジ」などと呼び方が変わる。違う名前で同じものを指すことがあれば、デコポンと不知火のように同じと思ってたらほんとうに違うこともある。つまり、私たちは柑橘の名前を呼ぶとき、その名が何を指すのかに無頓着であってはならないのである。もちろん目的によるけど。

 全知全能には創られなかった人類が世界を知ろうとするとき、まず必要になるのは分類だ。世界を言葉で切り分けていく、その言葉が多いほど高い解像度を得ることができる。また、分類は、世界の構成要素どうしの繋がりを明らかにする。ひとつだと思っていたものを切り分けたときはじめて、分けられたものたちが互いに交わす声を聞くことができる。この世界は、あまりに多くのものが、あまりに複雑に結びついて形作られている。その全てを知ることは人類にはできないが、ひとつずつ切り分けて解きほぐし、ひとつずつ知ることは黙認されている。もちろん、世界には私も含まれているから、正しい分類は私と世界の関係も正しく教えてくれる。私がいま世界のどこに立っていて、世界のどこにアクセスしているのかを理解したい。それは分類という冷徹な作業からはまったく乖離した、どうしようもない衝動だ。

 私は、だから、柑橘を分類し、そうして朧げに見えてきた世界の輪郭をなぞる。それが、マーマレードを煮るということだ。